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2012年05月11日

まちづくり ひとづくり ゆめづくり  久保 森住光さん

2012年5月8日
あすの筑豊を考える30人委員会 嘉飯ブロックの例会 


株式会社まちづくり飯塚 http://www.e-zuka.com/index.html
取締役の久保さんをゲストスピーカーとして
まちづくりの思いをお聞きした



久保氏
戸畑出身 日新館高校の一期生
大学卒業校 同校の教員に
同校閉校から3つのNPO法人に所属して
まちづくりに専念をしている

そのまちづくりへのエネルギーなんでしょう?
との問いに素敵な笑顔で 「人の笑顔に出会えること」と答えてくれた
このコトバを聞くだけで、お話しを聞けてよかったと思った。


「まちづくり、ひとづくり、夢づくり」というコトバを繰り返されたのも印象的でした

多くのまちづくりの取り組みをお聞きした
そのうち最近の事例を紹介
①初恋タローの凱旋ライブ
先日飯塚の井筒屋サロンで行われた
久保さんが教え子の初恋タローに声を掛けたところから始まったとのこと、人のつながりは面白いですね。

②商店街の鯉のぼり
今年から、市内の保育園の子供達が書いた、鯉のぼりが商店街で泳いでいます。昨年までは、イベント会社にお願いしていたのを、正規のルート、保育園の協会を通じて依頼この時に尽力してくれたのが、潤野保育園の木村幸道君、ここで幸道君の話を聞けるとはとてもうれしくなりました。昨年、二宮さんのところの親父の会に参加したとき、西鉄バスに潤野保育園の園児たちの絵が掲示されていました、このときもうれしかったのですが、久保さんの口から名前が出てきたのを聞いてとそれ以上にうれしくなりました。
この鯉のぼり、毎年2園づつ、白い鯉のぼりを渡し、思い思いの作品に仕上がります。また、来年は素敵な鯉のぼりが2匹増えます、飯塚の名物になりますね。
(新聞記事は風の音ぎゃらりーのブログでどうぞ)http://www.sakaeya-honten.jp/gallery-blog/index.php?ID=851

③白象が長崎街道を歩くイベント
これも、上記ブログにある記事ですが
3/20 長崎街道飯塚宿を象があるいて、ちょうど400年
なんかしたいね!
と思いつき、あっという間に実行、それも原寸大の象を
これも、久保さんが知り合いに話してつながったこと
また、人とのつながりのすごさを感じました

飯塚の観光案内人として関わって
「地元の人間ほど、地元を知らない
地元の財産を知らないとはもったいない」とのコトバに

あの酔っ払い(笑)
いやいや 地元学権威の吉本哲郎先生が (吉本先生の詳細はこちらhttp://eco.goo.ne.jp/food/nippon/interview/02/01.html
「地元を調べろ
調べたら、地元が好きになるから」のコトバが重なった。

これから、考えているまちづくりのイベント
ワクワクするものばかりでした
旬なものを矢継ぎ早にやっていくと
本当に楽しく語ってくれました。

私が一番楽しみにしていること
集客力のあるイオンは
商店街のライバルではない味方とし
イオンから商店街の入り口までを歩行者天国にして
飯塚中の商品を並べるイベントをしたいと

あっという間に実現しそうです
私もなにか出店したいな!
蓑虫先生と一緒に
解体ショーかな!
どっかで捌いて、焼肉でも良いかな
  


Posted by ともも at 08:25Comments(0)30人委員会

2012年02月27日

飯塚山笠 二瀬流③ 二瀬流“りゅう”を作る (最終回)

今回お二人にお話しを聞く中で、二瀬流(ながれ)ではなく、
二瀬流(りゅう)を作るんだというコトバが印象的でした。
伝統だ! 女は入れない!
そんなことは関係ないんだ
「みんなで、二瀬を盛り上げよう」
「みんな仲間だろう」 
二瀬流(りゅう)で行こう
というコトバが心に響きました

そしてこれから 二瀬流(りゅう)
の伝統を作って行くんだ
この心構え素晴らしい

山笠以降、二瀬公民館まつりなど
様々なイベントに若者たちが参加してくれるようになっているそうです

斉藤山頭がいたから、二瀬流が出来たんだと私は確信しているのですが
斉藤山頭からは、みんなが一つになり、協力したから実現したんだ
俺は何もしていない 「みんなが」 「みんなが」を繰り返していました
炭坑が盛んなころの二瀬流 5年で幕を閉じました
山頭、事務局長の話を聞いて、
この5年の歴史なんてあっという間に塗り替えてしまうなと思った。

二瀬地区出身で飯塚や博多の山笠に参加している人達が
どんどん帰ってくるだろう、
博多、筑豊の男衆、
きっとお前ら地元に帰れと後押しもしてくれているに違いない。

博多のヤマをかいている人と話すと
飯塚に山笠があるんだって
何年になる
定着して本当に良かったね

場所は違えど、ヤマを動かすには、心がひとつにならないと動かない
それを知っている人たちは
同じ山笠に参加している人たちをみんな仲間だと思っている

そして、これから、他の地域からも「山笠をやろう」とういう声が
どんどん出てくる、私の地元穂波でもそろそろかな
いつでも走れるよう、トレーニングしよう。

タグに嘉穂東高校を付けました
なぜなら、事務局長 嘉穂東卒 
山頭も何年か 嘉穂東に通ったそうです(卒業は別な高校)
やっぱり 嘉穂東は人間力のある人物をたくさん輩出している

いろいろな話は、筑豊に関連づけますが
筑豊ネタは 嘉穂東高校に行きつきます
我田引水ではありません(笑)
母校愛です。
  


Posted by ともも at 13:06Comments(0)30人委員会

2012年02月19日

飯塚山笠 二瀬流② 追山



7月15日
追い山当日の話をする時の山頭の顔も生き生きしてました
完走後、若い子たちが集まってきて、
握手をしながら「頭(かしら)良かったね」 「良かったね」と
声を掛けてきて、涙を流していたことを話す山頭の姿、目に焼き付いています。

ここで、檄文の秘話を話されました
これは、ここには書けない話ですので、関係者から話を聞いて下さい
「俺がすべて責任とる」これで終わらせるところがすごい
ここで 檄文の動画があったのでどうぞ


二瀬流の舁き山は、黒獅子、なぜ、黒獅子か?
二瀬地区にあった、日鉄二瀬はhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%AF%BE%E6%8A%97%E9%87%8E%E7%90%83%E5%A4%A7%E4%BC%9A)" target="_blank">都市対抗野球の強豪

この都市対抗野球の優勝チームに授与される旗が黒獅子旗、
日鉄二瀬は、二度決勝まで行ったのに、
一度も優勝できなかった、
この悔しさ、そして上を目指せの精神で、黒獅子を舁き山にしたとのこと

今回お話を聞いた、山頭、事務局長とも山笠未経験
二人でやったのではない、
みんなが協力してくれたのでやれたんだと熱く語ってくれました。  


Posted by ともも at 14:02Comments(0)30人委員会

2012年02月18日

飯塚山笠 二瀬流れ① 誕生

平成23年10月25日 あすの筑豊を考える30人委員会 月例会

飯塚に新しく出来た、「二瀬流」、斉藤山頭、佐々木事務局長を
読売新聞筑豊支局にお招きし、なぜ“二瀬流”という山笠の“流”が
出来たのかお話しを聞いた。


炭坑後の衰退、活力のあるイベント、まちおこしのイベントを考えていく中で、
“山笠”はどうだろうか、とうい考えが出てきたそうだ。

2010年1月、2月ぐらい、
地元の中学の校長、小幡氏、今回お話しを聞いた
佐々木事務局長が、まちおこしのイベントなにかないか? 
山笠はどうだろうか?と
まず準備委員会を立ち上げた


リーダーはだれが良いだろうか? 斉藤(現山頭)さんは?
リーダーになって欲しいとの打診なしに、
人数がたりないので、人数合わせで、
山笠振興会の理事会に斉藤さんも参加してもらった。

そして、いつの間にか山頭に、これも必然だったのではないだろうか
斉藤さんがいなかったら二瀬流ができたなかったのではなかっただろうか
今回お話を聞いてそう確信した

2010年10月 
山笠振興会の総会で承認 ここの二瀬流が誕生した

ここからが大変で、山頭、事務局長は山笠に参加したことがなかった

金集め いくらいると?
人集め 何人いると? 全くわからないことだらけ

地元の自治会長会にお願い行ったところ
「出来るわけなかろうもん」 
「人間はどうすると?」 
「金は?」 
「やめちょけ!」

斉藤山頭なんで、“がんばれよ”と言ってくれないんだと思ったそうです

ただ、2回、3回と自治会長会に参加するたびに、
徐々に同調者が出てきたそうです

そして

2011年2月20日 
総決起集会を開催、斉藤市長も参加し320名の参加者があったそうです。
ここで、「大変だっだでしょう!」と聞いたところ
斉藤山頭「苦労は大してしてないんですよ、みんなが協力してくれた」
との返事
この時、斉藤山頭が口癖のように
「みんなが」「みんなが」
と言っている事に気が付きました。

そして、7月2日の初陣式には、200人のかき手、
沿道には300人以上の人であふれたそうです。

そして、7月9日、11日、13日の流れがき、
広い町内、途中で止まっても良いじゃないかとスタート、
沿道人たちの声援で、最後までヤマを動かしたそうです、
そして、斉藤山頭は率先垂範、全ての行程の先頭を走り切ったそうです

ヤマを動かして
一番うれしかったのは、お年寄りが出てきて
「ありがとう」 「ありがとう」と握手を求めて来た、
このときみんな待っててくれたんだと確信されたようでした。

心配していた資金も集まりだし、人も集まりだし

そして、うれしい誤算がたくさんあった話をうれしそうにしていました
新流(立岩)の古くなった子供山笠を譲り受け、子供山笠を実施
何人集まるかわからず、お菓子を準備 
予想を大きく上回りなんと150人以上の子供達が当日集まったそうです、
そしてお菓子が足りない なんども買いにいかれた うれしい誤算ですね
この話をする斉藤山頭の笑顔がなんとも言えませんでした。

「山は奥深い」 「若さはすばらしい」「若者のエネルギーはすばらしい」
と山笠をやって本当に良かったと実感がひしひしと伝わって来ました。
  


Posted by ともも at 08:08Comments(0)30人委員会

2010年06月28日

仁保の獅子舞  筑豊賞を尋ねる

今期の30人委員会活動として
過去の筑豊賞を尋ねている

6月の例会で
第10回 筑豊賞 「仁保の獅子舞」の担い手に話しを聞きに行った(筑豊賞の記事はこちら)
貴船神社の下の集会所に入ると
なんと 高校時代の同級生 ○藤君と ○小原君と目が合った

仁保地区で何百年も続く獅子舞
2人とも祭りの中心になって働いている
仁保地区80件ある家を全て回り獅子舞を舞うのだが
この地域のお祭り 保存会なんてない
保存会を作る必要があるから作るのだ
ここにはその必要がない  (以前この話を聞いたときとても興味をもったそのときのブログはこちら

例会のあとの日曜日
獅子舞に同行させていただいた


小さい子達がずっとついて歩いている
担い手の青年会の人たちも小さいころからついて歩いていた
子ども達 強制された訳でもなく
笑顔でついて行っていた

 

そして最後の方になると
子ども達
持ってきた リュックの獅子をまわし始めた


こうして
何百年を続いている
そして これからも続いて行くだろう


最初の獅子舞の写真
後ろ足がピンクの長靴
同級生 嘉穂東の旧体育館となりの柔道場で練習をしていた
○小原親子だ
奥さんと3人
うらやましいほど仲良しだった  


Posted by ともも at 23:25Comments(0)30人委員会

2010年06月19日

ブライダルコンセルジュ & 奇妙な縁

料理研究家 TETSUYAのいるお店でお馴染の
「KOREAN DINING PAPYA。」

Sオーナーの展開する ブライダルコンセルジュのHPを偶然見つけた

詳細はこちら

なぜこのHPを発見したか
それは
昨日
嘉穂東高校剣道部の先輩のお店 「いちよし」へ 過去のブログはこちら

同じく嘉穂東高校剣道部の 大先輩の田○先輩と予約なしで特攻した
やはり満席で玉砕 入れなかった
店に入った瞬間 一鳥万宝の試飲会の後 (試飲会の模様はこちら
3人で二次会に行った 如水窯の○宮さんと目が合った

ラピュタであったイベント(そのときの模様はこちら)をはじめ 筑豊であるイベントごとに行くと必ずと言って良いほど
ステージの上にたっている
立っているのはステージばかりではなく
毎朝小学校の前に立ち 挨拶をされているそうだ
声を掛けることで
子ども達の日々の成長を見守っている
二次会に行ったときこの話をお伺いしたのが

地域ぐるみでの子育ての話
筑豊での活動について 是非話を聞きたいとアポをとろうとしていたところ
お会いできた

前置きが長くなってしまった
アポのお話をするため
如水庵の電話番号を調べようググったところ
偶然 このブライダルコンセルジュのHPを見つけた

奇妙な縁だな


  


Posted by ともも at 15:26Comments(0)30人委員会

2010年06月06日

光君と頭中将 再び 今回は葵の上も

5月の30人委員会の月例会のあと
新飯塚の居酒屋へ

お店のお姉さんから
突然この写真をいただいた


娘さんとの写真だそうだ

2年ほど前 飯塚雛のまつりの仮装行列に参加した際の写真だその時のブログはこちら
私に会った時渡そうと大切にもっていたそうだ

びっくりした

ブックマークのブログ 俺の人生、雪駄で歩む(こちら
の○さんともお話ができた 最近更新されてないことお話したら
ブログの調子がおかしく
違うところで書いているとのこと
探す楽しみが増えた

今回 筑豊の三谷幸喜 今年は 締め込み姿になる計画が密かに
進められていた
詳細は
間もなく  


Posted by ともも at 11:52Comments(0)30人委員会

2010年05月20日

筑豊賞を尋ねる  兵士と庶民の戦争資料館

今年度 あすの筑豊を考える30人委員会 嘉飯ブロックでは
過去の筑豊賞を尋ねる活動を行っている
この取り組み 田川ブロックのOB 赤村の○田理事長からなんどか頂いた提案を拝借した
今年の筑豊賞の表彰式でも提案をいただいた表彰式はこちら
今回は 第二回筑豊賞 小竹の兵士と庶民の戦争資料館 武富登巳男さん
当時の筑豊賞の記事はこちら

故人で今は奥さん遺志を引き継いでいる 受賞当時 資料館は忠隈にあり
30年ほど前 私も忠隈に住んでおり 武富さんの所に良く遊びに行っていた 多分 30年以上前だ
ただ 当時資料館に行っていたのではなく お菓子をもらいに行っていたようだ


お伺いしたとき 筑豊賞のブロンズ像が目に飛び込んで来た
とても大切にしていただいている
奥様 授賞式当時の事を良く憶えてられていた


全国各地に公共 個人の資料館があるが
当時のものを手に取って見れるのはここだけではないだろうか


ここで 初めて金鵄勲章というものを知った
詳細はこちら

当時この勲章のために命を掛けた



たくさんのお話を聞いたが 次回はゆっくりお話を聞きに行こうと思っている

この資料館が出来て訪問したのは初めてだ
私が武富さんのところに行っていたころ
まだ 資料館はオープンされていなかった

こんなに近くにあったのに
知っていたのに
行かなかった とても後悔している  


Posted by ともも at 20:52Comments(0)30人委員会

2010年03月04日

九州IT経営力大賞  うれしい お知らせ 鬼○さんが・・・


30人委員会のOBの
鬼○さんが
九州IT経営力大賞に入賞したとのうれしいお知らせが来た
こちら

また、事務局長をしている田川地域観光推進会議が
福岡県地域づくり活動大賞に入賞とのこと(詳細はこちら

前回 筑豊賞の表彰式で燃え尽き症候群にならないか
心配していたが(そのときのブログはこちら

たんたんの
だが着実に
仕事 地域づくり 地域間の連携を進めている

会うたびに パワーを分けてもらっているが
あのパワーの源はなんだろう

やはり大任のしじみパワーかな(笑)
大任のしじみパワーについては 大任町のHPこちらから  


Posted by ともも at 07:56Comments(1)30人委員会

2010年01月31日

嘉飯都市圏活性化シンポジウム

飯塚市、嘉麻市、桂川町、福岡県でつくる 都市活性化推進会議が

2月21日 コスモスコモンで
みんなですすめよう「にぎわい」と「交流」のまちづくり
と題して シンポジウムを開催する

チラシの表を読むと 結構固い文章だが
トークセッションの名前を見ると
30人委員会の大野委員や

20周年 特別賞で表彰させていただいた「I Love遠賀川」の窪山事務局長の名前もある

今年度の筑豊賞へノミネートされていた
遠賀川源流の森づくり推進協議会の名前があり
下草刈に参加させて頂いたことを思い出した(そのときの模様はこちら
どんなお話だろうかとわくわくしてくる

当日 飯塚市のご当地グルメ開発プロジェクト発表イベントも開催される
こちらの方も楽しみで
進捗状況はどうかなと ”飯塚市 ご当地グルメ”でググッていたら
パネリストの佐藤さんのブログに当たった(こちら

佐藤さんのプロフィールに92年リクルート入社とある
91年か92年 大学時代 リクルートの「じゃらん」編集部でアルバイトしたのを
思い出した
掲載紙の電話番号が間違っていないか 旅館やホテルに電話したのと
Jリーグ開幕の時期でチケット入手のため 明大前のチケットぴあに並んだ事ぐらいしか憶えていないが
人の記憶 何かの糸口でするする出てくるものだと 
脳みその偉大さを
感じた


  


Posted by ともも at 13:25Comments(0)30人委員会